【動画あり】日本一高い石垣がある大阪城公園の散策と天守閣内を見学
新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、店舗や施設によっては営業時間などが変更になっている場合があります。お出かけの際は公式HPなどで最新の情報をご確認ください。

大阪府の大阪市にある大阪城は大阪の戦国時代の歴史や豊臣秀吉の生涯を知ることができたり、展望台からは大阪の景色を一望できるので日本国内のみならず、海外からの人気も集め注目されています。

当時の人が積み上げた石垣には戦争当時の火薬の跡が残っていたり…

今回は大阪観光には外せない大阪城と大阪城公園内を事前に口コミや料金、アクセス情報などを調べて行ってきました。

大阪城パークセンターさんと大阪城さんから特別に撮影許可を頂けたので、建物内の様子や公園内を撮影してきました。

それでは早速ご紹介します!

大阪城へのアクセス方法

JR 大阪環状線 大阪城公園駅→大阪城 徒歩 約17分

JR 大阪環状線 森ノ宮駅→大阪城 徒歩 約14分

大阪城公園駅の前にあるグルメ街「JO-TERACE」

大阪城公園駅から大阪城へ向かう方はこのJO-TERACEを通ると思います。

施設の中にはカフェをはじめとしたお店が建ち並んでいました。

お昼時に来た時はJO-TERACEで食事を済ませてから公園内を散策するのも良いと思います。

大阪城の入館料

  • 大人 600円
  • 中学生以下 無料 ※中学生は、要証明

券売機があるので入場券を購入します。

入場券を持って少し先に渡し、ぺりぺりともぎられるので半券をもらって中に入っていく感じです。

新型コロナウイルスによる対策もされていました

今回訪れた際、入口に検温所が設けられていました。
お城へ入場を希望する方は体温を計測してからとなっていました。

検温チェックが終わると中に担当者の方が密にならないように
一人ずつ案内をしていました。

次に案内されるのが連絡先を記入する検温所です。

検温所では、入館者に新型コロナウイルス感染の発症があった場合に連絡が来るので必ず書かないと入館させてもらえないのでご注意を。

記入する紙はこんな感じで、2名以上の場合は代筆者の方のみが1名記入するだけで良いとのことです。

記入例のシートもありました。

記入が終わったらこの回収箱に入れてようやく先ほど紹介したチケット購入所へ進むことができます。

今ある大阪城、実は苦戦しまくってなかなかスムーズに建てれなかった

大阪城は1585年の安土桃山時代に豊臣秀吉によって築城されたものです。
ですがこの写真にある大阪城は再建されたものであり当時のものとは大きさ形ともに大きく異なります。

初代大阪城は大阪夏の陣で豊臣家滅亡とともにすべて焼失してしまい江戸時代の1620年に再建しました。

所が!今ある大阪城、こちらも寛文6年の1665年にあった落雷によって焼失したそうです。

そして昭和6年の1931年に市長関一の提案と市民の募金により再建し始めますが…太平洋戦争の空襲で一部破損しました。(なかなか完成しない・・・!)

現存の大阪城は昭和6年に再建された大阪城を蘇らせるために平成9年に行われた「平成の大改修」によって修復されたものです。

つまり3代目大阪城のリメイクということになります!(複雑)

そもそもなんで建てたの?

大阪城が建てられた場所にはもともと石山本願寺という寺院がありました。

石山本願寺の勢力はあの最強信長に最後まで立ち向かったとされる勢力だったそうです。(結局負けますが。。。)

信長がここに大阪城を建てようとした理由には立地が関係していました。

信長が苦戦した理由と同じで、石山本願寺のあった場所は小高い丘にあり近くに淀川があり戦においてとても要害となるものでした。

更に海(瀬戸内海)も近くにあり、京都に繋がる淀川の交通の良さから建設を考えていたそうです。
そして見事勝ち取ったわけです。

しかし1582年にあった本能寺の変で信長が討たれてしまい考えは考えのままになってしまいましたが、後継者となった豊臣秀吉が引き継ぐ形で石山本願寺の跡地に大阪城を建てました。

豊臣大坂城は約40m、立て直した徳川大坂城は約58m、因みに今ある大阪城は高さ地上約55mの5層8階構造となっています。

ビルだと14〜15階ぐらいの高さだそうです。

大阪城が綺麗に撮れるであろう撮影スポットの様な場所発見

大阪城の入り口側にある広場にこの様な丸い円が描かれていました。

何の為かはわかりませんが、とりあえずこの中に入って写真を撮ってみる事にしました。

勇気を出して入った甲斐もあり、良い感じの写真が撮れました。

大阪城天守閣の中の様子

天守閣の中は主に大阪城の歴史資料館となっています。

天守閣の高さは50mと10円の絵柄にもなっている平等院鳳凰堂の幅と同じぐらいあるそうです。(平等院鳳凰堂がただただ大きい) 

天守閣内部にはエレベーターが付いており、車椅子などにも対応しています。

下から順番に見ていくこともできますが、階段を上がることや帰ることを考えるとエレベーターで一番上まで行ってから上から順に見るのが個人的にオススメです。

最初に展望台まで上がっちゃいましょう!

残念ながら、3階・4階は重要文化財などの展示を行っているため撮影禁止ということで写真はありませんが、覚えている範囲でお伝えします。

1F 天守閣の入口

入口は階段と、スロープが付いています。

入口に入ったらすぐ目の前にエレベーターがあるのでここから5階まで一気に上がります。

入り口すぐ左手にはインフォメーションセンターもありました。

インフォメーションセンターでは大阪城天守閣のパンフレットがもらえます。

2種類あり黒は海外の方に向けた中文簡体字のかっこいいデザインで青の方は日本語で書かれている可愛らしいデザインになっています。

奥の方に向かうとシアタールームがあり、豊臣秀吉と大阪城に関する番組を5本「日本語・英語・中国語・韓国語」の4カ国語の字幕とともに順次上映しています。

部屋の中で流れている映像はエレベーター前のここでも流れているのでどんな映像が流れているか気になる方はここを見て、じっくり見たい方はシアタールームで鑑賞といった感じです。

映像の画質は少し古い感じもしますがとてもわかりやすく見応えはありました。

ミュージアムショップ

インフォメーションセンターの右側にはミュージアムショップという名のお土産屋さんもありました。

ここでは、Tシャツやコップなどの生活雑貨からキーホルダーやミニサイズの兜や屏風など大阪城に関連するグッズがたくさん置いてあります。

ワゴンの中にはチョコレートクッキーやバウムクーヘンなどの菓子類がありました。

2F お城の情報コーナー

2Fはお城の情報コーナーとなっており、大阪城の中でも人気の写真スポットと言われている金の鯱鉾(しゃちほこ)が展示されているエリアです。

映えるから是非撮ってはいかが!と事前に大阪城に行く前に色々見ていたネットの情報でも何度かその書き込みを見かけました。

華やかな空間でした。

大阪城周辺の石垣は大阪で採れたものだけではなく、日本全国様々な採石場所から運んできているのですが、結構遠い距離から意味のわからないぐらい大きな石を大人数で運んだらしいです。

簡単に言ってますが工程としては、石切場から船がある海岸へ運ぶ「山出し」をして、船に積み込む「船積み」をします。

そこからは「修羅引き」と呼ばれる陸上運搬をするのですがここから運んできた石を台車に乗せロープで縛り、大人数の大人が力ずくで大阪城まで引っ張って運ぶと言った流れです。

いやぁ、すごい…

飾られていたパネルには1〜11位までの大阪城の巨石一覧が掲載されていました。

この階では限定の大阪城天守閣記念スタンプ押すことができます。

スタンプはこんな感じで朱肉に浸して1Fでもらったパンフレットの裏側に押すところがあるのでここに押します。

今回は片方だけスタンプを押しました。

3F・4F 豊臣秀吉とその時代

3F・4Fは撮影禁止エリアとなっており、お土産コーナーの写真を代用しますが実際は実物の兜が置いてあったり、当時、戦う前の戦略が書かれた巻物や武器など様々な資料がありました。

館内展示品は約2か月毎に展示替えを行っているとのことです。

5F 大坂夏の陣図屏風の世界

一番最初にエレベーターを上がってすぐ目の前に広がるミニチュアで再現された「ミニチュア夏の陣」は真田幸村隊(158体)と松平忠直隊(149体)の激戦をミニチュア人形(計307体 スケール1/20)で1体ずつ細かく再現されていました。

細かく再現されている為、どの角度から見ても見応えがありました。

展示に向けて配置してる時めっちゃ楽しかったんだろうなぁと心で思っていました(笑)

映像では大坂夏の陣の解説なども見ることができます。

大坂夏の陣の陣図屏風に描かれた武将たちが紹介されています。

紹介されている武将たちには写真があるのですが、行ってみてなんとなく気づいたところがありました。

パネルで紹介されている武将全て「赤い唇」が描かれているのですが…

大野治房ただ一人に関しては唇がありませんでした。

ただそれだけです。何か意味があるのでしょうか。

7F 豊臣秀吉の生涯

7階では豊臣秀吉の生涯について知ることができます。

大阪城の築城から秀吉と関わった人物などを知ることができます。

7階通路の壁面には大きな説明板、下にはモニターがあり覗き込むとジオラマがあり模型の中で秀吉が動き回っています。

8F 展望台

階段を上がってようやく最上階へ来ました。

最上階には売店があるのですが今回行った際は閉まっていました。

普段は大阪城にまつわるグッズなどが販売されているので寄ってみるのもおすすめです。

扉の横には錦絵(にしきえ)が描かれており、それぞれの絵についての説明が下のモニターで見ることができます。

モニターはどの角度から見ても錦絵が見ることができる様な仕組みになっています。

東西南北に扉があるので好きな所から扉を開けて外の展望フロアに出てみました。

足元少し高くなっているので注意しながら跨いだ方が良さそうでした。

最上階の展望台から大阪市内を一望することができ、日本一高いビル「あべのハルカス」や「HEP FIVE」の観覧車も見ることができます。

大阪城では天守閣以外にも見ておくべきスポットがありますのでそちらをいくつか紹介したいと思います!

大阪城天守閣周辺の見ておくべきスポットをご紹介

天守閣

外観はとても立派で、エメラルドグリーンのような色の瓦屋根がとってもカッコ良いです。

辺りが暗くなると、ライトアップされるのですがまたそれも違った雰囲気で楽しめます。

実際に行ってみると、あまりの大きさで思わず「すごっ」と言ってしまうぐらい迫力満点です。

天守閣の下に積まれている石垣には戦争当時の火薬の跡が残っていたりするので訪れた際は是非チェックして見てください!

大手門(おおてもん)

城の正面を大手(追手【おって】)といい、その入口を大手口(追手口)、設けられた高麗門型の門を大手門(追手門)と呼びます。

幅は約6m、高さは約7mあるそうです。

門の左右に接続する大手門北方塀・大手門南方塀も重要文化財に指定されています。

※高麗門型とは、門の両脇に控え柱があり、その上に小さな屋根がある門のこと。

天守閣の正門でこれだけ立派な門ですが一度も再建や修復などされず当時作られたままの形で残っているそうです。
(天守閣が燃やされた時も無事だったそうです。)

多聞櫓(たもんやぐら)

こちらも重要文化財に指定されている多聞櫓というやぐら(武器を置いてある場所、別の場所では司令室のような役目を果たす)があります。

敵が攻めてきた時にいかに対処できるかが鍵になる櫓です。

入り口側の壁や窓のある場所には厚嵌板仕様で壁の厚さ約34cmもあり鉄砲の弾も貫通しないように造られています。

門には 槍落とし といって屋根の隙間から槍や石を落とせて尚且つ、相手からも見にくい穴のようなものがあります。

外壁は燃えにくい塗装をしているらしく守りも攻めもしっかり対策できているので、まるで城全体が矛であり、盾である感じがします。

千貫櫓(せんがんやぐら)

当時、大手門を北から防御する重要な役割を果たしていた千貫櫓(せんがんやぐら)は大手門付近に行くと近くで見ることができます。

乾櫓(いぬいやぐら)

乾櫓は方角の西北を指す「乾(いぬい)」に位置するので乾櫓(いぬいやぐら)と呼ばれています。

大阪城西の丸庭園に入るともっと近くで見ることができます。

一番櫓(いちばんやぐら)

南側には一番櫓から七番櫓まで、7基の櫓が建てられていましたが一番櫓と六番櫓のみ以外は全て焼失したそうで、二つの櫓は重要文化財に指定されています。

上部で紹介した一番櫓の写真の左手に階段があったので登ってみたら小さい扉がありました。

鍵がかかっているため入ることはできませんでした。

六番櫓(ろくばんやぐら)

六番櫓は1628年(寛永5年)に創建されました。

一番櫓と同じように六番櫓も当時、見張り台として利用されていました。

お堀も合わせた景色はとても綺麗で、訪れた日がたまたま晴れていて映えた写真を撮ることができました。

江戸時代に幕府の金貨や銀貨を保管した建物で、幕府直営の金庫として役割を果たした蔵です。

大阪城のお城付近にありました。

大手口枡形の巨石(おおてぐちますがたのきょせき)

桜門付近の通路にある大手口枡形の巨石。

枡形とは城の主要な出入口に設けられた四角い区画のことで、敵の侵入を食い止める役割を果たしていました。

大手門をくぐって正面に位置する大手見附石【おおてみつけいし】は、表面積が約29畳敷(47.98平方メートル)で採石地は瀬戸内海の小豆島【しょうどしま】と推定されています。

近づいてみると見上げるくらい大きくかなり迫力がありました。

桜門(さくらもん)

本丸の正面玄関とも呼ばれるこの桜門は門の所から大阪城が綺麗にみえます。

桜門の名称は、豊臣時代の大坂城二の丸に桜の馬場があり、門付近の桜並木にちなんでそう呼ばれたのが始まりだそうです。

先ほど紹介した大手門と少し似ていますが、簡単に区別するとしたら門から大阪城が見えるか見えないかの違いです。

桜門の写真を撮った後ろ側には豊国神社がありました。

豊国神社

豊国神社は「豊臣秀吉公」「豊臣秀頼公」「豊臣秀長卿」を御祭神とする神社です。

高さ5.2メートルもある豊臣秀吉の銅像もありました。

大きい鳥居の奥に見えるのが大阪城豊國神社です。

豊国神社は勝ち運・仕事運・就職(就活)・転職に強いご利益があるとされています。

訪れた際、この神社の横には大量の鏡開きの樽が置いてありました。

ちなみに神社などによく見かけるこの酒樽は、飾り樽といってディスプレイ用のものでお酒は入っていません。

金明水井戸屋形(きんめいすいいどやかた)

金明水井戸屋形は江戸時代からずっと存在しており、重要文化財に指定されています。

大阪城の小天守台にある井戸の建物で水面までは約33mあり、井筒は一戸の石をくり抜いて作られています。

豊臣秀吉が水の毒気を抜くために黄金を沈めたという伝説があります。

ちなみに、小天守台は天守閣の入場ゲートを通過したところにあります。

井戸を上から覗いてみると中にはたくさんのお金が縁(ふち)に乗っていました。

よく見てみると海外の貨幣などもちらほらみえました。

銀名水井戸の井筒

桜門を通ったらすぐ左手にあるのが銀名水井戸の井筒です。

銀名水井戸の井筒は、徳川幕府再築の時に設置された井戸で、本丸を警備する役人たちの飲料水として使われました。

※「本丸」は城の内外を土塁、石垣、堀などで区画した区域の名称です。

銀名水井戸の井筒は常に水が出ており、柄杓(ひしゃく)も4本置いてありました。

身を清めてから本丸に向かいたい方はここで水に触れて清めて向かうといいと思います。

水はとても冷たく、清めるにはもってこいの水温でした。

青屋門(あおやもん)

青屋口は大阪城にある四つの出入口の中にある一つで、そこの桝形にある門が青屋門と呼ばれています。

出入口で、「青屋」の名については、戦国時代この地にあった大坂(石山)本願寺の寺内町「青屋町」に由来すると考えられています。

極楽橋(ごくらくばし)

山里丸と二ノ丸とを結ぶこの極楽橋は江戸時代の時は幅8mの木造でしたが、明治維新の大火で焼け落ちた事をきっかけに、1965年(昭和40年)に再度橋がかけられました。

現在の端の長さは長さが54m、幅5.4mとなっています。

極楽橋は階段のみではなく、右側にこの様にスロープが付いているので、ベビーカーや車いすからでも大坂城に向かうことができるようになっています。

見逃しがちの有料エリアをご紹介

西の丸庭園

大阪城に行った人の多くが見逃しがちの有料区域の西の丸庭園には、焔硝蔵や乾櫓などを間近で見ることができ、春には300本の桜が咲きます。

お金を払っても見に行く価値はあります。(入園料200円)

西の丸庭園の夜は期間限定で大阪城イルミナージュというイルミネーションイベントが開催されたりしますので、冬の時期を狙って行くのもいいかと思います。

2020年度は2020年11月27日(金)~2021年3月7日(日)まで開催されています。

さいごに

今回大阪城に行ってみて思ったことは、貴重な建造物の宝庫で大満足でした。(城内全部見て回るのは結構足に来ましたが…笑)

もちろんそれだけではありませんが、当時の歴史や現存する建物を実際にることによって、資料だけでは感じることのできない当時の「生々しさ」みたいなものが感じることができました。

城というのは興味がないと人生に少しの影響力もないものだと思いますが、だからこそなぜ建っていてなぜ残されているのかを考えてこの大阪城から興味を持ってくれる方が増えたらなぁ〜と思います。

是非足を運んで大阪城の歴史を。その時代の空気感を体感してみてください。

※掲載情報は2022年1月23日公開時のものです。
現在の内容、プランや料金などが異なる場合がありますので、お出かけの際は必ず事前に公式サイト等で情報を再度ご確認ください。
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