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【動画あり】外国貿易で栄えた時代の建物が見れる門司港レトロを散策
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福岡県の北九州市にある門司港レトロは1988年(昭和63年)から整備を開始し1995年(平成7年)3月にグランドオープンしたJR門司港駅の周辺地域に残る外国貿易で栄えた時代の建造物を中心に大正レトロ調に整備した観光スポットです。

今回は実際にJR門司港駅から出発し、「しおかぜの路」を通って関門トンネルをくぐり関門汽船に乗って門司港へ戻り
ぐるっと1周してみました。

その時利用したアクセス方法や実際に行ってみた感想などをご紹介します。

門司港レトロへのアクセス方法

電車で向かう方

JR門司港駅より徒歩 約1分

旅立ちの鐘

1914 年(大正 3 年)の駅舎完成の際、出発合図の鐘として製作され、昭和に入ると安全の鐘として旅行客を見守ってきた鐘がある。

現在は、旅立つお客様の夢や希望が流れ込む「幸福の泉」の脇でその実現を願い、「旅立ちの鐘」は門司港駅から旅立っていくお客様をやさしく見守っているとされています。

0哩

九州の鉄道の起点となった門司港駅 (当時の門司駅) から玉名駅 (当時の高瀬駅) まで鉄道が明治24年4月1日に開通しました。

その際に門司港駅に「0哩標」が建設されたのですがその後、駅舎の移転により「0哩標」は1度撤去されましたが、鉄道開業100周年を記念して再び0哩標を建立しました。

「昭和47年10月14日 日本国有鉄道九州総局」と刻まれています。

バスで向かう方

西鉄バス 門司港駅前(バス停)より 徒歩 約1分

自動車で向かう方

門司港レトロスクエアセンタービル駐車場より 下車すぐ

駐車場料金(門司港レトロスクエアセンタービル駐車場)

  • [基本料金]
    (最初の1時間)400円
    (以降)200円/30分
  • [営業時間] 24時間
  • ※屋内駐車場シャッターは23:00-7:00閉鎖します

今回はJR門司港からも近く、西海岸可動橋(ブルーウィングもじ)に近いという条件で門司港レトロスクエアセンタービル駐車場をご紹介しましたが、その他にも30件以上の駐車場があります。

それではここからは建物についてご紹介します。

門司港レトロ

九州鉄道記念館(きゅうしゅうてつどうきねんかん)

2003年(平成15年)8月9日に誕生した「九州鉄道記念館」という名称の鉄道博物館は、改装前は旧九州鉄道本社(通称:赤レンガ)でした。

懐かしい実物車両や鉄道文化遺産の展示、運転体験施設、九州の鉄道大パノラマ、ミニ列車を自分で運転して線路を走れるミニ鉄道公園などがあります。

記念館の近くには旧門司駅の「旧0哩」と駅名の書かれた看板が立っていました。

旧門司三井倶楽部

国の重要文化財に指定されている旧門司三井倶楽部は1921年(大正10年)に三井物産の社交倶楽部として、
門司区谷町に作られました。

建物はハーフティンバー様式と呼ばれるヨーロッパ伝統の木造建築工法で作られたもので、木造の骨組みの間を漆喰やレンガ、石などを使って埋めて壁が作られ、木造の骨組みがそのまま外観のデザインとなるような作りになっています。

アインシュタイン博士が日本全国へ講演する際に宿泊したということもあり、現在の旧門司三井倶楽部の2階には「アインシュタインメモリアルルーム」というエリアが設けられています。

1階はレストランやイベントホール、2階には、先ほど紹介したメモリアルルームと門司出身の女流作家「林芙美子記念室」があります。

旧大阪商船ビル

旧大阪商船は1917年(大正6年)に建てられた大阪商船門司支店を修復したものです。

オレンジ色タイルと白い石の帯が調和したデザインの外観と八角形の塔屋が目印です。

場所は門司港レトロスクエアセンタービル駐車場の前にあります。

当時、門司港からは1ヶ月の間に台湾・中国・インド・欧州へ60隻もの客船が出航しており、一階は待合室・二階はオフィスとして使われていました。

現在は、1階「わたせせいぞうギャラリー」、2階「貸ホール」となっています。

旧門司税関

旧門司税関は1909年(明治42年)に門司税関が発足した事をきっかけに1912年(明治45年)に煉瓦造りで建設されたものです。

昭和初期までは、税関庁舎として使用されていました。1994年(平成6年)に北九州市が赤煉瓦を特注し、建物の復元を行いました。

1階は天井吹き抜けの広々としたエントランスホール、休憩室、喫茶店「モーン・デ・レトロ」のほか、常設の門司税関広報展示室があり、密輸の手口などを紹介しています。

2階にはギャラリーや関門海峡を一望できる展望室があるのでオススメです!

大連友好記念館(旧国際友好記念図書館)

「大連友好記念館」は中国の遼東半島(りょうとうはんとう)にある大連市(だいれんし)は門司港と国際航路で結ばれていたので交流がとても盛んで、1979年(昭和54年)に両市は友好都市を締結(ていけつ)しました。

その友好都市締結15周年を記念し、ロシア帝国が1902年(明治35年)大連市に建築した東清鉄道汽船事務所(とうしんてつどうきせんじむしょ)を、そっくり複製し建築されたものが現在の「大連友好記念館」です。

大連友好記念館の1階は中華料理レストランで2階は自由に休憩できるスペースや大連市の紹介コーナーがあります。

海峡プラザ

「海峡プラザ」は複合商業施設でおみやげや地元の海産物店やレトロの町ならではのアンティークをはじめとした雑貨店、焼カレーや瓦そばなどご当地グルメが楽しめるレストランなどがズラーっと建ち並んでいます。

2階にはアミューズメント施設や、オリジナルが作れるオルゴールショップもありました。

西海岸可動橋(ブルーウィングもじ)

 西海岸可動橋(ブルーウィングもじ)は1993年(平成5年)に作られた全国で最大級の歩行者専用のはね橋です。

1日6回1時間おきに開橋しその20分後に閉橋を迎えます。

開橋している時は橋が跳ね上がってしまうため人は通れず、代わりに船の出入りが行われます。

閉橋後は歩行者が通ることができます。

「関門海峡」や「関門大橋」などを見渡せる場所に架かっているので恋人たちの架け橋として人気で、「恋人の聖地」に認定されいるという事もあり、カップルで渡ると幸せになれると言われています。

西日本鉄道北九州線100形/148号

九州電気軌道(西鉄北九州線)が輸送力増強を目的に1936年(昭和11年)から製造を始めたのが100形ですが、1985年(昭和60年)の10月の北九州線一部廃止によって引退を余儀なくされた車両です。

148号は1986(昭和61)年に北九州市に引き取られた後、しばらくは交通科学館に保存されていたのですが、2004年(平成26年)に交通科学館が閉館してしまい、2010(平成22)年に門司港レトロに引き取られました。

この後はしおかぜの路を通って関門海峡へ向かいました。

サイクリングロード しおかぜの路

「サイクリングロード しおかぜの路」は海沿いにある道で、文字通りしおかぜが漂ってきます。

しおかぜの路の通路は2種類あり、茶色いタイルの上は歩行者専用で黒いタイルの上が自転車専用になっています。

ノーフォーク広場

目前に関門海峡が広がり、大小様々な船が行き交う所を見ることができる広場です。

アメリカのノーフォーク市と福岡県の旧門司市は1959年(昭和34)に旧門司市と姉妹都市提携してから60年以上に渡り交流を続けていたこともあり、「ノーフォーク広場」という名前がつけられました。

関門海峡

関門海峡(かんもんかいきょう)は、日本の本州(山口県下関市)と九州(福岡県北九州市)を繋ぐおおきな海峡(橋)です。

名前の由来は、それぞれの岸の地名である、山口県の下関市「関」と、福岡県の門司区「門」を取って名付けられました。

ノーフォーク広場を経由して湾岸沿いにある道を通って関門海峡の真下まで向かいます。

和布刈神社(めかりじんじゃ)

建てられたのは飛鳥時代よりも遥か前の200年(仲哀天皇9年)の「和布刈神社(めかりじんじゃ)」は関門海峡の下辺り(門司側)にあります。

和布刈神社の方にとても優しく対応していただき、撮影許可をもらえたので少しではありますが神社についての歴史などをご紹介させていただきます。

本殿

御祭神は、天照大神の荒魂(あらみたま)「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ)」別称「瀬織津姫(せおりつひめ)」という月の女神であり、穢れ(けがれ)を祓う禊(みそぎ)の神、または、潮の満ち引きを司(つかさど)る「導きの神さま」とも言われています。

また人生の最後の”導き”として、関門海峡での海洋散骨を執り行う場所でもあります。

遥拝所(ようはいじょ)

とても神聖な場所で、遥拝所(ようはいじょ)の鳥居の向こう側には関門海峡が見えます。

和布刈神社の境内は通り抜ける事ができるので、参拝後は奥の通路の階段をのぼり、関門トンネル人道の入り口へ向かいます。

関門トンネル人道

「関門トンネル人道」は1953年(昭和33年)に開通した海峡を歩いて横断できる世界でも珍しい海底トンネルです。

距離は780m、徒歩約15分で山口県の下関市に行くことができ、自転車や原付の方は押して通ることができます。

関門トンネル人道の出入口は「門司側」と「下関側」の2つあります。

海底トンネルへ行くには金属製のエレベーターで降ります。

エレベーターを降りてすぐ目の前のエレベーターホールには柱がいくつもあり、床は茶色い絨毯のようなものが張られていました。

壁側や柱には北九州の名産品が紹介されていました。

門司側・下関側それぞれのエレベーターホールに記念スタンプを押せる台があるので、スタートした方のスタンプを押してゴールでもう一つのスタンプを押してスタンプを完成させる事ができます。

トンネルは本当に長いので地元の方は交通手段はもちろん、ウォーキングルートとして利用されていました。

今回は門司から来たので約15分歩いて下関まで向かいました。

下関側に到着したらスタンプを押して、エレベーターで地上へ上がります。

みもすそ川公園

壇之浦古戦場

「壇之浦古戦場」は関門トンネル人道の入り口(下関側)のエレベーターを降りて、目の前にある横断歩道を渡った先にある「みもすそ川公園」内にあります。

1185年(寿永4年)源氏と平家の最後の戦いとなった壇ノ浦合戦の跡を後世に伝えるために作成された、源義経と平知盛が戦う姿の像がありました。

像の右側には朱色の橋を再現した「みもすそがわ」と書かれたレプリカもあり、当時の様子を思い出させるような
雰囲気がありました。

ちなみに御裳川(みもすそがわ)は関門海峡へと流れていた川なのですが、現在では公園や国道の下を通っています。

長州砲(八十斤加農砲)

先ほど紹介した像のさらに奥に進むと大砲のレプリカ5門が展示されていました。

この砲台は、1864年(元治2年)8月、この関門海峡で、アメリカ・イギリス・フランス・オランダの四国連合艦隊と日本の長州藩が戦争をした際に使用された砲台のレプリカです。

レプリカと言えど、とても忠実に再現されていました。

足元にある石板には「八十斤長州砲」と記されていたのですが、説明板には「長州砲(八十斤加農砲)」(カノンほう)と書かれていました。

5門中の1門は100円を入れると「ドドーン」と音を鳴らして煙(霧)が先端から少し出るようになっていますので気になった方はお試しあれ!

カノン砲を見た後はサンデン交通の御裳川(バス停)に乗って唐田(バス停)へ向かい、関門汽船に乗って門司港へ戻りました。

関門汽船については別の記事で紹介しているのでもしよろしければご覧ください。

さいごに

門司港レトロは当時の煉瓦造りの建造物が今も外見は変わらず残っていたり、九州鉄道の始まりを作った国の重要文化財に指定されているJR門司港駅など、何世代も前の時代が現在でもそのまま感じれるような雰囲気がありました。

アンティークな世界観で歴史巡りをしながら、船旅まで楽しめたのでとてもいい観光になりました!
カップルで行く方は、恋人の聖地に指定されている「ブルーウィングもじ」へ是非足を運んで思い出作りをしてみるのもオススメです!

これから門司港レトロへ行く方はお気をつけていってらっしゃいませ。

※掲載情報は2022年3月24日公開時のものです。
現在の内容、プランや料金などが異なる場合がありますので、お出かけの際は必ず事前に公式サイト等で情報を再度ご確認ください。
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